なぜ校長は暇そうに見えるのか ver.2

  • 2022年5月21日
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さて、前回の記事をご覧になっていない方は、まずはそちらを読んでおかれるといいのかなと思います。校長が分掌(学校の仕事)を全て現場に振り、自分は「全体を見る」という建前の元、ほぼ1日、遊び人で過ごしているという実態をまとめています。そして、それが学閥、教友会という私的な団体の利権となっていると。

どの学校もそうだと思うんですが、校長が必死に実務している姿なんで見ないですよね。のらりくらりと遊び人として、過ごしていているのが大半です。

今回法規観点から、述べようと思います。

1、校長が実務をせず1日のんびりと過ごしているのは地公法35条に抵触します。「職務専念義務」という概念です。

地方公務員法35条(職務に専念する義務)
職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。

1 職員は勤務時間と注意力のすべてを職責遂行に用いること。
2 職員は当該地方公共団体の職務にのみ従事すること。
3 法律又は条例に特別の定めがある場合は、職務専念義務が免除されること。

遊び人として、ぷらぷら過ごしているだけの現状は、許されるわけでありません。しっかりと勤務時間内は実務をしてください。正直言って1日のうち、集中している時間なんて、1時間もないでしょ?校長室でのんびりと仕事をしているフリをしているだけでしょ?みんなわかってますよ。はっきりと具体的に言えば、分掌を受け持てということです。決裁だけ(ほとんどが追認印押すだけ)という舐めた仕事ではなく、例えば、「通学団」の分掌を受け持って、登下校管理をせよ。ということ。そもそも、登下校の際の書類も元々は校長が市教委に提出するはずのもの。担任を持つ教員に無理やり管理的な仕事をやらせているに過ぎません。その他にも受け持てる分掌仕事はあるはず。

あとは、職場の戸締りを行うなんていうのも、管理業務としてやるべき事項です。なぜ、学校の戸締りを現場の教員がやらなければならないのでしょうか。本来、学校の設備管理は管理職の仕事ですよね。そもそも教員に振ることで、それによって勤務時間内に仕事が終わらなくなるので、黙示の残業命令といえる違法行為です。休憩もとれなくなる事態が頻繁に起こっています。(校長はこういうのも分かっていて全部無視しています。)この違法状態を解消するには、校長が暇な時間を使って、ぐるっと校内を巡回して戸締りをすればいいだけの話です。単純明快です。

一体私たちは、どこまで校長を1日遊ばせればよいのでしょうか。私たちは校長を1日フリーに遊ばせるために、違法残業をさせられているといっても過言ではありません。

あとは、クラスの問題児の生徒指導も出席停止ができる校長が積極的に介入し、指導すれば良い。そもそも出席停止が担任ではなく校長にある(正式には教育委員会ですが、申請・調整を取り合うのは校長です。)時点で、アメリカのように校長が介入し全体でみていくフレームワークが企図されています。いつも何か起こったら担任のせいにして終わりというオチは、生徒の問題を教員の問題にすり替え、放置する理由に他なりません。教員のせいにすれば、校長は一番楽なのです。そんな事例も山ほど見てきました。

(自分の尊敬する先生はこれで仕事を退職されました。問題児がたくさんいる学校一の大変なクラスをみるなかで指導もうまくいかず、四面楚歌でした。そこで、校長はどうしたか。校長は責任を回避するため上からその先生を突き上げ、結局その先生は下からも上からも突き上げをくらいご退職されました。本当に酷い校長でした。でも、みなさんもそういうの見たことあるでしょ?)

あとは、行事の立案も本来校長の仕事なはず。例えばなぜ、運動会の起案を体育主任がやっているのでしょうか。結局、体育主任はわからないので、管理職の意向をきいてるだけです。職員会議中も、きかれてもわからないので、管理職の方ばかりチラチラみて助けを求めます。学校はトップダウンで職場は動いているシステムなので、学校全体の起案は校長が行い、職員会議で下に下ろせば終わりです。ですが、それすらもしません。

2、「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する」の本質的意味について

学校教育法 37 条4項

「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する」

この条文の意味を超絶に自分のいいように置き換え間違った解釈をした結果、1日遊んで過ごす遊び人校長が出てきてしまったのかもしれません。つまり、この「つかさどる」という意味合いの難しさです。わかりやすく言うと、「俺は、校長様だぞ!えらいんだぞ。校務をつかさどっているから、別に実務しなくていいし、少ない決済だけでいいんだぞっ。条文にもかいてあるだろ。」と、勘違いさせてしまっているのです。

実は、つかさどるという本質的な意味はこうです。校務をつかさどる」とは、学校の業務に必要な一切の事務を掌握し、処 理(調整・管理・執行)する権限と責任を持っていることをいうのです(校務掌理権)!!

処理するというのは、人にやらせれば「調整」「管理」になります。自分でやれば「執行」です。

なので、自分で校長は仕事をやれるはず。校長は「何で、仕事をしないの?」と組合からきかれると、校長は全体を見るのが仕事だからと逃げ口上を言いますが、「執行」することも可能なのです。

みなさんの中で、分掌を受け持っている校長はいますか?皆無ですよね。みなさんが校務分掌の仕事を勤務時間外に仕方なくやってたとして、校長はどうしますか?無視して帰りますよね?本来、校長に「執行」してもらえばいいだけの話です。僕らは契約上、残業は超勤4項目を除いて禁止されています。校長は違法状態であるのを認識しているにもかかわらず、実務を手伝いません。一緒になって執行してもらえば、仕事も減るはずですし、早く帰れます。

さて、さらにマニアックな理論をここで追加します。事務さんの条文をここでみてみましょう。

学校教育法第37条第14項

「事務職員は、事務をつかさどる

最近、条文が改訂され、つかさどるになったそうです。やはり文科省のいうつかさどるというのは、元々「実際に実務をする」という意味を含んで定義されていることがこれで明確です。

つかさどるというのは、「執行」すなわち、自分で実務をするという意味も含んでいます!!(超重要)

 

なので、校長は、校務をつかさどるのであれば、校長にも実務をしてもらえばいいんですよ!!だって、事務職員だって、事務をつかさどってるんですよ。なぜ、校長だけ、何もしなくて1日ほぼ遊び人が許されるんですか!

 

よく現場で言われる校長のクソみたいな理論もついでにぶった斬っておきます。

1、スーパーサブ理論

校長は何かあったときに仕事をしてもらう。そのために仕事をしないという理論です。→しっかりと仕事を請け負い、執行せよ。職務専念義務違反である。

2、教育委員会の意向を伝えるだけの伝書鳩的存在という謎理論

校長は教育委員会の指示を現場に伝えるために存在し、教育委員会から派遣してきているだけの偉い人という意味合いです。→校長は課長職にすぎない。校務をつかさどるとは、執行の意味も含み、何もしなくてよいという意味ではない。

 

次に、私たちが推奨する校長の理想像をここで挙げておきます。

3、勤務時間いっぱい実務もしてもらい決裁もしてもらう。民間の中間管理職の課長職のようなマネージャー兼実務プレイヤー的存在。

所謂、普通の中間管理職(課長職)であり、民間と同じように労務管理をするとともに、自分も仕事を処理していくリーダー的存在です。本来こうでなくちゃありません。ちなみに自分が働いていた某大企業ですが、しっかりと管理職は実務も決済処理もしてましたよ。それはもう死に物狂いで。笑

さて、校長はやっぱり「校長、旗ふり1000万」ですね。毎朝登校してくる児童に交通安全の旗振って、最低限の仕事の労務管理すらも無視して逃げていれば、1000万円ゲットです。もちろん実務も全くしません。そろそろ全国の市民運動家のみなさん、動き出すときがきてるのではないでしょうか。

あと、個人的な思いですが、学校の教師に管理職的な仕事は無理だと思っています。元々の教師というのは、契約書一つまともに読もうとしませんし、法規も知りません。いわば野球のルールを知らない人が野球の監督をやっているようなもの。

では、どうしたらいいのか。校長職は、市役所職員やもしくは学校事務職員がなった方がいいと思います。これは、実際にシステムとして確立されてはないですが、公立学校の校長というあまりにズレた、何もしない遊び人たちをこのまま利権として放置していくのは、国や市のためにならないと思うのです。

そもそも学校校長というモンスターは、「地方自治」という最もらしい言葉が生み出してしまった害悪なのかもしれません。地方のことは地方で決めるというのは最もらしいことだけれども、結局「学閥」を主体とした私的な団体が学校教育を恣意的に支配してしまうという構図を野放ししたにすぎません。もちろんうまくいっている自治体もあるのかもしれませんし、しっかりと実務も行う校長も他県、他市でもあるのかもしれませんが。